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水戸地方裁判所 昭和48年(わ)404号 判決 1974年6月07日

主文

被告人田口久雄を懲役一年二月に、被告人田口忍を懲役八月に、被告人田口新太郎を懲役一〇月に各処する。

被告人田口久雄に対し、未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。

被告人田口忍、同田口新太郎に対してはこの裁判の確定した日から、それぞれ三年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人田口久雄の負担とする。

被告人田口忍に対する昭和四八年八月二五日付起訴状記載の公訴事実中第一の業務上過失傷害、並びに第二、一の酒酔い運転の点については、同被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一被告人田口久雄は、

(一)  反覆継続して自動車の運転に従事するものであるところ、昭和四八年一月二日午後一一時四五分ころ普通乗用自動車(茨五五の四七二一号)を運転し、茨城県笠間市金井町六〇番地先の赤色の点滅信号の表示されている見通しのよい交差点を、笠間市方面から七会村方面に向い直進しようとしたのであるが、このような場合自動車運転者としては、同交差点手前で一時停止し、左右道路からの交通の安全を確認して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務のあるのに不注意にも酒の酔いもあつてこれを怠り、一時停止したのみで、左方道路から時速約七〇キロメートルで進行してきた矢野守(当二二年)運転の普通乗用車を認めながら矢野車との安全を確認せず、漫然時速約二〇キロメートルに加速して右交差点内に進入した過失により、矢野車との距離約21.2メートルに接近してはじめて危険を感じ、右に転把しつつ急制動したが間に合わず、自車左側前部を同車前部に衝突させ、その衝撃により、自車に同乗中の田口新太郎に通院加療約一〇日間を要した後頭部挫傷兼挫創、左下腿挫傷の傷害を負わせ、さらに矢野車を左路外に転落するに至らしめ、それらの衝撃により矢野守に入院加療一九日間を要した前頭部および顔面の挫創および打撲症の傷害を負わせ、

(二)  公安委員会の運転免許を受けないで、酒に酔いアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、前記日時場所において、右自動車を運転し、

(三)  前記日時場所において、右自動車を運転中、前記のような交通事故を発生させ、矢野守、田口新太部に傷害を各負わせたのに

(1) 直ちに車両の運転を停止して負傷者の救護等必要な措置を講ぜず逃走し、

(2) 事故発生の日時場所等法令に定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告せず、

第二被告人田口忍は、

(一)  右田口久雄が前記のような交通事故を発生させた際、事故を知らせに来た友人とともに同日午後一二時前ころ事故現場に至り、右田口久雄が同所より逃走したのを知り、同人がさきに窃盗罪により懲役刑の言渡を受け、執行猶予中であるにもかかわらず、無免許で酒酔い運転中事故を起したため、その刑責を免れようとして逃走したものと推察し、右犯人田口久雄の発見逮捕を妨げる目的で、翌三日午前零時ころ右事故現場に臨んだ笠間警察署司法警察員巡査部長荻津三郎に対し、「前記普通乗用車を運転し事故を起したのは自分である」旨虚偽の供述をし、もつて右田口久雄を隠避し、

(二)  公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四八年四月二二日午後二時四〇分ころ、栃木県鹿沼市茂呂二四番地の一先道路上において、普通乗用自動車を運転し、

第三被告人田口新太郎は、

(一)  同月二日午後一一時四〇分ころ、笠間市笠間二、〇一七番地白石良子方前路上において、右田口久雄が公安委員会の運転免許を受けていないことを知りながら、同人に対し前記自動車を運転してもらいたい旨依頼し、よつて同人をして公安委員会の運転免許を受けていないにもかかわらず、右依頼に応じ右自動車の運転を決意させ、同所より、同日午後一一時四五分ころ前記事故現場に至る道路において、右自動車を運転するに至らしめ、もつて右田口久雄の無免許運転を教唆し、

(二)  右田口久雄が前記交通事故を発生させた犯人であることを知りながら、同年一月一七日笠間警察署において、司法警察員巡査長荻津三郎から前記事故につき参考人として取調べを受けた際、右犯人の発見逮捕を妨げる目的で「事故当時前記自動車を運転していたのは田口忍であつて、同車には同人と自分だけが乗つていた」旨虚偽の供述をし、もつて犯人を隠避し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人らの判示所為中、被告人田口久雄の第一(一)業務上過失傷害の点は各刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、第一(二)の無免許運転の点は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に、酒酔い運転の点は同法第六五条第一項、第一一七条の二第一号に、第一(三)(1)の負傷者の救護等措置義務違反の点は同法第七二条第一項前段、第一一七条に、第一(三)(2)の報告義務違反の点は同法第七二条第一項後段、第一一九条第一項第一〇号にそれぞれ該当するところ、第一(一)の矢野守、田口新太郎に対する各業務上過失傷害の罪、および第一(二)の無免許運転の罪と酒酔運転の罪とは、各一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、各刑法第五四条第一項前段、第一〇条により各一罪として犯情の重い矢野守に対する第一(一)の業務上過失傷害の罪の刑および重い第一(二)の酒酔い運転の罪の刑で処断することとし、右各罪の所定刑中それぞれ懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により重い第一(一)の矢野守に対する業務上過失傷害罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人田口久雄を懲役一年二月に処し、被告人田口忍の第二(一)の犯人隠避の点は、刑法第一〇三条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、第二(二)の無免許運転の点は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に各該当するところ、右各罪の所定刑中それぞれ懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により重い第二(一)の犯人隠避の罪の刑に同法第四七条但書の制限に従い法定の加重をした刑期の範囲内で被告人田口忍を懲役八月に処し、被告人田口新太郎の第三(一)の無免許運転教唆の点は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号、刑法第六一条第一項に、第三(二)の犯人隠避の点は同法第一〇三条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、右各罪の所定刑中それぞれ懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文第一〇条により重い第三(二)の犯人隠避の罪の刑に同法第四七条但書の制限に従い法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人田口新太郎を懲役一〇月に処し被告人田口久雄に対し同法第二一条により未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入し、被告人田口忍、同田口新太郎に対しては情状により各同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日からそれぞれ三年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人田口久雄に負担させることとする。

(被告人田口忍の無免許運転の成立について)

被告人田口忍の弁護人は、「茨城県公安委員会が被告人田口忍(以下単に田口という)に対してなした自動車運転免許(以下単に免許という)取消の行政処分は、後に違法な行政処分として取消されたのであるから、田口に対する免許取消処分は適法なものでなく、取消時に遡つて無効となるから、田口は運転免許を有していたことになり無免許運転の罪は成立しない」旨主張するのでこの点について判断するに、前顕各証拠によれば、田口は茨城県公安委員会の交付にかかる免許証を有していたが、昭和四八年一月二日被告人田口久雄が起した交通事故の身代り犯人となつて警察官の取調を受けた際にも、同月一七日道路交通法第一〇四条による適式な聴聞の手続に際しても自己が酒に酔つて自動車を運転し業務上過失傷害事件を起した旨虚偽の申立をなしたため、これを真実と誤認した茨城県公安委員会の錯誤により同日付で免許取消処分を受け、ついで免許取消期間中である同年四月二二日午後二時四〇分ころ栃木県鹿沼市茂呂二四番地の一先道路上において普通乗用自動車を運転したのであるが、その後、真犯人が被告人田口久雄であることが判明するに至り、昭和四九年一月一七日に前記免許取消処分の取消決定が茨城県公安委員会によりなされた事実が認められる。

右認定の事実によれば、茨城県公安委員会が昭和四八年一月一七日になした田口に対する免許取消の行政処分は、その実質において田口に対する免許取消の理由がなかつたにもかかわらず、田口の虚偽の申立によりこれを真実と誤信した茨城県公安委員会が錯誤によりなしたものであるから、右取消の行政処分は違法な行政処分であり、田口は免許取消の効果を受くべき筋合ではなかつたのであるから、ただその点からみれば、その違法は重大なものということができる。しかしながら、田口は道路交通法第一〇四条による適式な聴問手続を経て自己が酒に酔つて自動車を運転中、業務上過失傷害事件を起したことを自認し、当時の捜査の結果に照しても、これを肯定すべき資料があつたものと考えられ、茨城県公安委員会もこれらの資料に基づき免許取消処分をなしたものと認められる。したがって、田口が真犯人でなかつたことは、免許取消処分時には一見明白とはいい得なかつたものであると認められ、免許取消処分は当然無効とはいいえない。

してみれば、「違法な行政行為も、(当然無効の場合は別として、)正当な権限を有する機関による取消のあるまでは一応適法の推定を受け、相手方はもちろん、第三者も、その効力を無視することができない効力がある」という行政行為の公定力の理論は、叙上の手続きを経てなされた田口に対する免許取消の行政処分についても妥当し、その効力は、茨城県公安委員会が昭和四九年一月一七日になした田口に対する免許取消処分の取消決定があるまで存続していたものと解されるから、昭和四八年一月一七日に免許取消がなされてから同四九年一月一七日に免許取消処分の取消決定があるまでの間の同四八年四月二二日の田口の前記自動車運転行為は、無免許運転として道路交通法第六四条に違反するものと解すべきである。

しかして前記免許取消処分の取消決定の効力が、原則として昭和四八年一月一七日の前記免許取消処分時にまで遡つて免許取消処分の効力を消滅させるものであると解すれば、田口が同年四月二二日前記自動車を運転したときには運転免許を有していたことになり前記無免許運転の罪は成立しないことになる。しかしながら、叙上の如く取消処分の原因が一貫した処分対象者たる田口の虚偽の申立および供述にあり、処分主体たる茨城県公安委員会に何らの落度がない場合には既成の法秩序を破壊させることは法の趣旨とするところではないから、前記免許取消処分の取消決定の効力は前記欺岡行為により既に処分対象者となつた田口に対しては既往に遡らないものと解すべきである。したがつて、田口は昭和四八年四月二二日当時運転免許を有していたことにはならず、同日における田口の自動車運転行為は、依然無免許運転として処罰されるべきであるから、弁護人の右主張は採用することができない。

(一部無罪の理由)

本件被告人田口忍に対する昭和四八年八月二五日付起訴状記載の公訴事実中、被告人田口忍の業務上過失傷害、道路交通法違反(酒酔い運転)の事実の要旨は、被告人は、

第一  自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四八年一月二日午後一一時四五分ころ、普通乗用自動車を運転し、茨城県笠間市金井六〇番地先の信号機の設置してある交差点を笠間市方面から七会村方面に向けて時速約五〇キロメートルで直進しようとしたが、対面する信号機が赤色の点滅信号を示していたのであるから、自動車の運転者としては停止線の直前で一時停止すべき業務上の注意義務があるのに、右信号機が赤色の点滅信号を示しているのを認めながら、酒の酔いもあつて、前記速度のまま進行した過失により、左方道路から同交差点に向つて進行してきた矢野守(当二二年)運転の普通乗用自動車の右前部に自車左前部を衝突させて、同車を土堤下に転落させ、それらの衝撃により、同人に対し加療約一か月間を要する前頭部挫創などの傷害を、自車に同乗していた田口新太郎(当二八年)に対し、加療約一〇日間を要する後頭部挫傷兼挫創などの傷害を、各負わせ、

第二  酒に酔い、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、前記日時場所において、前記自動車を運転し

たものである。

というのである。

よつて案ずるに、審理の結果に徴すると、被告人田口忍は、前記日時場所において真犯人である被告人田口久雄の身代りになつて事故を起したことにしたのであつて被告人田口忍が真実自動車を運転して事故を起した事実を認めるに足る証拠はなく、右業務上過失傷害、道路交通法違反(酒酔い運転)は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人田口忍に対し右の点について無罪の言渡をすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(林正行)

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